臓器移植に思う


安楽死・尊厳死法制化を阻止する会
代 表  原 田 正 純

 最近の報道をみているとある種の怖さを感じてしまう。私も臨床医の端くれで多くの臨終にも立ち会ったし、自らの無力さ、悔しさに歯を噛み締めたことがあった。出来ることなら何とか救ってあげたいと思うのは人情だし、助かる可能性の千分の一にかけたくもなるし、まして肉親であればなおさらのことである。
  国内初の移植手術から2月で10年めということで各新聞がこの問題を取り上げた。取り上げることには反対ではないし、国民的議論をすることにはむしろ賛成である。しかし、そのとりあげかたで怖さを感じた。「命のリレー広がらぬもどかしさ」、「脳死移植10年で91例」、「仲間思うと少ない」、「もう海外で臓器はもらえない」、「臓器提供81例のみ」、「世界的に厳しい日本の条件」、「政局混迷 国会審議されず、進まぬ法改正」、「年間10人前後 米国の1/100以下」、「法改正動き鈍く」などの見出しが続く。もちろん、「延命中止なお悩む医師」など、苦悩する医師像もとりあげられてはいる。しかし、これらの新聞の見出しを見るとマスコミは何時から全部が臓器移植賛成派になったのだろうかと思う。私が危惧するのはそのこと、世論の誘導にある。アメリカの医療が進んでいて日本の医療は遅れているのであろうか。臓器移植を認めないことが薄情で、非人間的なのであろうか。臓器移植が進まないのは政治家のせいだろうか。私が気にしているのは賛成・反対以前に議論が受容者一方的で提供者の問題が無視されている点である。加えてマスコミの世論誘導である。



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